播州オクトーバーフェスト

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反骨心

 「反骨精神」について考えてみる。

 上岡龍太郎氏とか天本英世氏とか、最近だと美輪明宏氏とか、ああいった人たちのエピソードを聞いていると、つくづく彼らのような1本ビシッと筋の通った反骨精神の持ち主って、見事にほとんどいなくなってしまったなぁ…と思う。もう悲しいくらいに。

 もちろん、あの時代においても決して彼らのような考えが多数派だったわけではないけど。それでも「少数派の何処が悪いんや?」「同調圧力や空気を読むなんざくそくらえ!」という気概を彼らからは感じた。今はもうそれさえも見当たらなくなってしまった気がする。

 前にも別の場所で書いたことがあるが、毒舌や辛口を売り物にしている人物の多くはよくよく聞いてみると、強者の側に立って弱者や弱者の味方とされる人々を叩いては「綺麗事や偽善をぶった切る俺すげえええ!! 弱者だからって甘やかさない俺かっけえええ!!!」と悦に入っただけの人が多い。そういうものは「反骨精神」とは呼べない。

 もしかすると「反骨精神」という言葉自体が死語になりつつあるのではないか。それこそ反骨気取りで実際は弱者をバカにしているだけの人間や、反骨精神の持ち主に対して、「そんなことして何になるの?」「あんた自分がかっこいいとでも思ってんの?」「長いものに巻かれなきゃ生きていけるわけないだろ?社会は厳しいんだよ」と悟りきったような非難を投げつける人間ばかり増えているのではないか。そういうのが「大人の態度」だと思われているのではないか。

  自分の反骨精神など先に挙げた3人に比べれば上辺だけのちっぽけなものだけど、それでもやはりたとえ見よう見まねでも、自分もまた反骨精神の持ち主でありたいと思う。