播州オクトーバーフェスト

日頃の出来事や日々思うことなどを、取りとめもなく書いていきます。地元ネタが多いです。

小説「ゆく年くる年」 Vol.1

1 12月29日

 

「……年末年始をふるさとや行楽地で過ごす車により、この時間も各地で渋滞が発生しています。まず高速3号線の下り車線では、――トンネルの出口を先頭に15キロの……」
 女性ナビゲーターの無機質な声が、坦々と各地の交通情報を伝えている。
 松川健二はそっと手を伸ばし、カーラジオのスイッチを切った。先ほども同じような交通情報を聴いたばかりだ。どうせさしたる変化があるわけではない。
 暮れも押し迫ったこの時期、外はとっくに日が落ちている。会社の仕事納めを終えた健二は帰省のため、車を飛ばして実家に向かっていた。
 本人が「ポンコツ自動車」と呼ぶ中古の黄色い軽自動車は、確かに健二のような若い男が乗るには何とも似つかわしくないものだった。同僚の中には「まるでパートのおばさんが乗るような車ですよ」と言ってからかう者もいたが、もともと車に金をかけるような趣味もない健二は、「車なんて乗れれば何だっていい」と全く意に介さなかった。
 家を出てからもう2時間は経ったろうか。
 健二の住む海辺の街がある県の南部と、実家がある北部を結ぶ国道は、帰省のたびに何度も通り慣れた道だった。一応は幹線道路のはずなのだが、年末のこの時期にしてはこれといった混雑もなく、車の量は普段とさほど変わらないように見える。
 やがて車は街を抜け、峠の山道に差しかかった。道の両側に見える家の数は目に見えて少なくなり、対向車も減っていく。「スピード落とせ」「カーブ注意」などと書かれた道路標識が、次々と目の前に現れては消える。まだそれほど遅い時間ではないはずなのに、辺りはまるで真夜中のようだ。
「何か食いたいなぁ」
 健二はぽつりとつぶやいた。
 仕事を終えて慌ただしく家に帰ると、すぐに荷物を車に放り込み、それからどこにも立ち寄らずに車を飛ばしてきた。確かに、そろそろ疲れてくる頃合いであった。
「確か、この辺にうどん屋があったはずだけど……」
 ハンドルを握りしめながら道の周りを見渡していると、不意にうどん屋の小さな看板が目に飛び込んできた。山奥の国道沿いで細々と営業している、看板もそれほど目立たない平屋建ての小さな建物は、この暗さでは見落としてしまいそうだ。
 駐車場に車を止めてドアを開けると、冷たいものが健二の顔をなでた。峠の頂上まであと少し、ここまで帰ってくれば空気が冷たくなるのも当然であった。
 健二の故郷は県の北部の、四方を山に囲まれた小さな山村である。彼の住む海辺の街からは車で3時間ほどのところにある辺鄙な田舎であった。
 緑に囲まれた自然あふれる――と言えば聞こえはいいが、冬になれば雪に閉ざされ、農林業の他にはこれといった産業もない過疎の町である。
 子どもや若者はほとんどが、学校を卒業すると進学や就職のために町を出て行き、やがて都会に住みついてしまう。田舎に戻ってくるのはせいぜい年に2回、盆とこの年末年始くらいのものである。そして健二もその1人であった。
 店の中もそれほど込んではいなかった。外の寒さが嘘のように暖房のよくきいた店で、騒々しいだけで退屈なテレビの特別番組をBGMに、健二は天ぷらうどんをすすった。いつの頃からか、どういうわけか、ポンコツ自動車で帰省するたびにこのうどん屋に立ち寄るのが、健二の習慣のようになっていた。
 店を出ると、再び外の冷気が健二の顔に吹きつける。普通ならば寒いに決まっているのだが、先ほどまで暖房の飽和した空間でいささか汗ばんでいた健二には、むしろこの寒さが心地良くさえ感じられた。
 健二は駐車場の隅にある自動販売機で缶コーヒーを買い車に戻った。エンジンをかけようと手を伸ばすと、不意にポケットの中の携帯電話が鳴った。
「はい。松川です」
 電話の相手は父親であった。
「健二か? 今どの辺りまで帰ってきたんや?」
「ええと、今、峠のうどん屋で飯を食ったところやな」
「じゃあ、あとどれくらいかかるかな」
「1時間くらい、といったところかな。母さんにもそう伝えといて」
「よっしゃ。気ぃつけて帰ってくるんやで」
 健二は手短に要件だけ伝えると電話を切った。家に帰ればいくらでも話ができる。こうしている間にも、早く故郷へ帰りたいという思いが募っていた。
 しばらく車を走らせると赤信号にぶつかり、再びカーラジオのスイッチを入れた。海岸通りにあるラジオ局の電話リクエスト番組が流れていた。
「そういえばこれは学生の頃、深夜番組でよう聴いた曲やな」
 懐かしい音楽に耳を傾けているうちに、信号が変わった。健二はもうひと頑張りとばかりにハンドルを握りなおし、家族の顔を思い浮かべながらアクセルを踏みしめた。
 いつしかポンコツ自動車の周りに、雪がちらつき始めていた。

 

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