播州オクトーバーフェスト

日頃の出来事や日々思うことなどを、取りとめもなく書いていきます。地元ネタが多いです。

小説「ゆく年くる年」 Vol.2

2 12月30日

 

「――こんなにぎょうさん買うてくるん?」
 母親に渡されたメモ用紙を見て、健二は呆れたように苦笑した。もちろん本心から呆れているわけではない。
「しゃあないやん。最近はお父さんも仕事で忙しかったし、この間の日曜日、やっと買い物に行こうと思った時に限って、大雪が降って行かれへんかったんやから」
 言われてみれば数日前の日曜日、この辺りも大雪に見舞われていたのであった。いわゆるクリスマス寒波である。さすがに天気が相手ではどうなるものでもなかった。
「何なら、お父さんの軽トラを使うてもええねんで?」
「大丈夫や、俺のポンコツ自動車で行くから。これくらいの荷物やったら十分に乗るやろ。途中で雨や雪が降ってきても嫌やしな」
 健二はそう言うと、ちらりと妹の友美の方に目をやり、
「お前も一緒に行くか? どうせ家におっても暇やろ」
「そうやね。友美、あんたもお兄ちゃんの荷物運びとか手伝ってあげなさい」
「はーい」
 母親に促され、友美はおもむろに立ち上がると上着を着込み始めた。

 

 健二が妹を助手席に乗せてポンコツ自動車を飛ばしている。数日前に積もった雪はもうだいぶ解けており、今では道の両側や田畑の上にわずかに残っているのみである。2人とも幼い頃から毎年のように見慣れた、珍しくもない光景であった。

「そう言えば……、友美はいつこっちに戻ってきたんだっけ」
健二が訊くとはなしに訊いた。
「ええと、確かお兄ちゃんが帰ってくる前の日やったかな」
「ああ、そんなに遅かったんか……また友達と遊び歩いとったんか?」
 友美は今、健二とは別の街で働いている。年末の休暇に入るのは健二の会社よりも少し早かったはずなのだが、たまたま同じ街に昔からの友人が多く住んでいるので、休みに入ってからもしばらくは彼らと遊び歩いていたようだ。人づきあいが苦手なため同僚ともほとんどつるまない健二と違い、どこまでも社交的な妹であった。
「あそこの郵便局の前で止めて。ちょっと年賀状を出してくるから」
 友美にそう言われ、健二は郵便局の前で車を止めた。友美が車を降りようとすると、
「ちょっと待ってくれ。ここに俺の年賀状もあるから、悪いけど一緒に出してくれるか?」
 健二は上体を大きく伸ばして後部座席から鞄を取ると、中に入っていた年賀状の束を友美に手渡した。
「もう、先に言ってくれたら良かったのに……」
「ああ、すまん、すまん」
 友美がポストに年賀状を投函している間、健二はまた昨日と同じようにカーラジオのスイッチに手を伸ばした。
 ラジオから流れるリクエスト曲に耳を傾けながら少しウトウトしていると、そこに友美が戻ってきた。
「お兄ちゃん、さっき寝てたでしょ」
「そりゃまぁ、今日は朝からずっと家の大掃除をしとったんやから、眠たくもなるわ」
 当たり前のことを訊くな、とでも言うようにぶっきらぼうに答えると、健二は運転席で大きく背伸びをした。

 

 隣町のスーパーは年末らしく混み合っていた。棚の上には注連飾りや鏡餅、お節料理の材料などが積まれ、その間を人々がショッピングカートを押しながらせわしなく歩き回っていた。そんな光景を見ていると、健二は幼い頃に感じた年末の妙な高揚感が再び思い起こされるようであった。

「おーい、健二君やないか!」
 突然、どこからか大きな声が聞こえた。不意に自分の名前を呼ばれた健二は思わず辺りを見渡した。
 雑踏の中から姿を現した声の主は70歳くらいの老人であった。意気軒昂そうな老人は2人に近づくと帽子を取り、薄くなった頭を下げて軽く一礼した。
「ああ、義男おじさんですか。こんにちは」
 友美の一言で、健二はやっと思い出した。義男と呼ばれた老人は近所に住む農家で、健二と友美が幼い頃から家族ぐるみの付き合いがあった。
「久しぶりやのう。こっちにはいつ帰ってきたんや?」
「ええと……僕は昨日帰ってきたんです」
「そうかそうか。こっちはこの前の大雪で、そらもうえらいことやったわい」
「おじさんも正月の買い物ですか」
「そりゃそうや。まだ大掃除が終わっとらんけど、買い物だけは早よう済ませておかんと、大晦日になったらえらいこっちゃ。今夜からまた大雪になるらしいしな」
「えっ、そうなんですか?」
 健二は思わず訊き返した。
「あれっ、知らんのかいな。この辺りはまた大雪になるって、お昼のニュースでも言うとったでぇ」
 そう言われれば、今日は健二も友美も朝から大掃除にかかりきりだったため、テレビのニュースなどろくに見ていないのであった。
「せっかくこの前の雪がだいぶ解けてきたのに、また雪かきせなならん。君らは若いからええけど、年寄りにはしんどいこっちゃ。ほな、おおきに」
 プラスチックの買い物カゴを持って足早に立ち去る老人を見送ると、友美が小声でつぶやいた。
「おじさんの言うこと、本当なんかな?」
「さぁ……どうなんやろ?」

 

――買い物を終えた2人は駐車場に戻ってきた。ポンコツ自動車に荷物を積み込み、健二がエンジンをかけると、つけっぱなしになっていたカーラジオのスイッチが入り、女性アナウンサーの声が天気予報を伝え始めた。
「……今夜から明日の朝にかけて、県の北部を中心に大雪となるでしょう。山沿いではまとまった雪になる見込みで、明日の大晦日は猛吹雪や路面の凍結などに十分ご注意下さい……」
 健二が不意に助手席の方に目をやると、友美も彼の方を向いていた。思わず目が合った2人は何とも言えず、黙って妙な笑いを浮かべるしかなかった。