播州オクトーバーフェスト

日頃の出来事や日々思うことなどを、取りとめもなく書いていきます。地元ネタが多いです。

高校野球ユニフォーム・愛媛

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松山商松山市

大正・昭和・平成の各時代で甲子園を制覇した、戦前から続く名門。特に夏の甲子園に強く「夏将軍」の異名をとった。三沢高との引き分け再試合を制した1969年夏の優勝は特に有名だが、個人的には「奇跡のバックホーム」を起こした1996年夏の優勝の印象が強い。ユニフォームは白と臙脂の早稲田スタイルで、帽子は白だがヘルメットの色は黒である。

 

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新居浜新居浜市

1975年夏の甲子園で初出場準優勝し、大きな話題となった。白と臙脂の早稲田スタイルは松山商と似ているが、アンダーシャツの色が深緑という組み合わせがかなり珍しい。その後はデザインが変わった時期もあったが、近年またこの深緑のアンダーシャツが復活したようだ(もっとも現在のアンダーシャツは昔とは素材が違うので、写真で見ると最近のものは深緑が妙に黒っぽく見えてしまう・・・)。

 

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宇和島東宇和島市

1988年春のセンバツで初出場優勝。「牛鬼打線」と呼ばれ、それから90年代にかけて甲子園の常連だった。ここでは優勝時のものを掲載したが、自分がテレビでよく見た頃は帽子のUマークがオレンジではなく白だったように記憶している。

 

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新田松山市

1990年春、初出場ながら劇的なサヨナラ勝ちで決勝進出、準優勝し「ミラクル新田」「新田旋風」と呼ばれた。当時の監督は松山商で引き分け再試合を制した一色俊作監督だった。

ロゴの上に書かれたオレンジ色の「えひめ」が異彩を放っている(「愛媛」でも「EHIME」でもなく平仮名の「えひめ」・・・)。現在はアンダーシャツが青になったようだ。

 

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済美松山市

2004年春のセンバツで初出場優勝。夏は準優勝に終わったが、史上初の「春夏連続初出場初優勝」まであと1歩と迫った。元々は女子高で、その後現在まで続く「女子高から男女共学化して野球部をつくり甲子園で活躍」するケースの先鞭をつけたともいえる。個性的な校歌もブームとなった。