播州オクトーバーフェスト

播州の祭と沖縄を愛するイラストレーター まとばあきお です。自作のイラストをはじめ、日頃の出来事や日々思うことなどを書いていきます。お仕事のご依頼は「matrixakio【アットマーク】gmail.com」まで。

海の見える放送局物語・外伝

――この物語を、「海の見える放送局物語」の作者・アデリーペンギン様に捧ぐ――

 

海の見える放送局物語・外伝

 

  祭り屋台

 

『初めまして。いつもナツキさんの番組を楽しみに聴いてます。

 そう言えばナツキさんは、僕と同じ街の出身やとうかがいました。

 もうすぐ、僕の住む街で秋祭りがあります。この辺りの人はみんな、生まれ育った街を遠く離れても、たとえお正月や夏休みには帰れなくても、秋祭りの時だけは必ず故郷へ帰ってくると言われるくらい、とてもにぎやかで盛大なお祭りです。

 ナツキさんも見に行かれますか?』

 

「――ご乗車ありがとうございました。港町、港町です。製鉄所方面へお越しのお客様はお乗り換え下さい」

 クリーム色と紺色のツートンカラーに塗られた電車が、駅のホームに入ってくる。ドアが開き次々とホームへ降り立つ乗客の中に、海の見える放送局のアナウンサー、ナツキの姿もあった。

 今は放送局のある、あの海の見える街に住んでいるナツキだが、彼女の生まれ育った故郷はそこから少し離れた、この小さな港町だった。

 古くは港へ向かう街道で栄え、海岸沿いには工場の煙突が立ち並ぶ。電車に乗ってもう少し行けば、白鷺が羽を広げたような姿の美しい城が見える。街角に潮の香りが流れるのは同じだが、お洒落な海の見える街とは雰囲気がずいぶん違っていた。

 

「おお、ナツキちゃん、今年は帰って来れたんか? 久しぶりやなぁ」

「はい……こういう仕事ですから、お祭りの時期だからと言ってなかなか帰って来れないけど、今年はたまたま休みが取れたんです」

「ラジオの仕事も大変やなぁ。おっちゃん、いつもナツキちゃんの番組を楽しみに聴いとるんやでぇ。いっぺん番組にメールでも出したいんやけどな、ハッハッハ」

「うちの父ちゃんなんかな、ナツキちゃんの番組が始まったら、仕事もせんとラジオにばかりかじりついとるねん。『ちゃんと仕事しい!』言うて怒るんやけど、ちっとも言うこと聞かへんさかい、ナツキちゃんからも何か言うたってぇな」

 鉄板の上でおいしそうな音を立てる生地の上に、老夫婦が手際よく豚肉やエビを乗せていく。店の片隅に置かれた古いラジカセからは、いつものように海の見える放送局の番組が流れている。香ばしいソースのにおいが店の外まで流れるこのお好み焼き屋も、ナツキが幼い頃によく連れて行ってもらった、すっかりお馴染みの店であった。

「本当においしいですね。久しぶりに食べたけど、昔と味が変わってなくて、めっちゃおいしい」

「ありがとうね。ナツキちゃんにそない言ってもらえると、ほんま、私らも嬉しいわ」 

 港町の人々は気性が激しく少し口が悪いが、本当は人情味のある温かい人たちばかりであった。何よりも明るく楽しいものが好きで、そんな港町が最も盛り上がるのが、今日、年に1度の秋祭りの日なのであった。

 

「そーらーやー、よっといせー、よーいーやーさー」

 どこからともなく聴こえてきた太鼓の音と威勢のいいかけ声に、ナツキは思わず店の入口の方に目をやった。

「おっ、そろそろ屋台が前を通る時間かな? ちょっと店の前に出て見に行かんとな」

 屋台と言っても、食べ物やおもちゃを売る露店のことではない。

 形は神輿に似ており、大勢の人々に担がれて練り歩く点も同じだが、神輿よりずっと大きく、中に据え付けてある太鼓を数人の乗り子で叩くようになっている。

 屋台を先導するのは、竹竿の先に沢山の色紙をつけた、シデと呼ばれる棒を持った人々である。色は屋台を出す町によって決まっており、シデ棒やはっぴの色を見ればどの町かすぐに分かる。

 

 金木犀の香りに誘われて神社に来てみると、境内にはもうほとんどの屋台が集まり、それを取り巻くように露店が店を構え、どこからともなく集まってきた町の人々でにぎわっていた。

「よーいやさー! それ、よーいやさー!」

 拍子木の音を合図に、屋台同士が激しくぶつかり合いはじめた。

 汗をたぎらせ屋台を担ぐ男たちの、勇ましいかけ声と太鼓の音が、秋晴れの空の下に響く。

「よーいやさー! よーいやさー!」

「えーんやー、よっそい!」

「練り合わせや、しっかりせぇよー!!」

 かけ声、歓声、拍手、悲鳴、怒号。そして魂の奥まで揺さぶる地鳴りのような太鼓の音が、あちらからもこちらからも聴こえてくる。漆塗りの屋根に金銀の飾り金具で彩られた絢爛豪華な祭り屋台が、太い伊達綱を揺らしながら、至るところで激しくぶつかり合う。

 ぶつかり合った屋台はその状態のまま、境内の中を回るように移動する。やがて2台から3台、3台から4台と、ぶつかり合う屋台の数も増えていく。

 屋台の周りでは、2メートルはありそうなシデ棒を持った人々が、棒を振り回して景気をつける。赤、青、黄色、緑、紫……色とりどりのシデが舞う様子は、さしずめ祭りを祝って咲いたお花畑のように見える。荒々しくも勇壮で華やかな、港町の秋祭りの光景だった。

「よーいやさー! よーいやさー!」

「おらぁ、気ぃ抜いたらいかんどー!!」

 ナツキは見入っていた。太鼓の音が彼女の心を揺さぶった。屋台同士のぶつかり合う様子を見ていると、自分の心にも力がみなぎってくるような気がした。しばしの間、仕事も何もかも忘れ、祭り屋台に見とれていた。

 

『ナッちゃん聴いて! 今年の秋祭りでは、うちの彼氏が初めて屋台を担ぐことになりました。本番はまだもう少し先なんだけど、今はもう毎日、仕事が終わると家にも帰らずに屋台の練習や打ち合わせに出かけてます。体を壊さないか心配なんだけど……』

『生まれた街を離れてずいぶん経ちますが、今でも毎年秋になると、子どもの頃の祭りの光景を思い出します。うちの地区では、子どもたちは朝早くから山車を引いて街を練り歩いていました。正直言ってあの頃は疲れて大変でしたが、大人になって街を離れてみて、初めて祭りの素晴らしさが分かったような気がします。』

 

 古いアルバムをめくっていたナツキは、その中に1枚の写真を見つけた。

 体操服の上にはっぴをまとい、髪をおさげにした少女が、背丈ほどはありそうなシデ棒を持って写っている。小学生の頃、秋祭りで撮った彼女のスナップ写真であった。

 ナツキは思い出していた。男たちはこの日が来るとみな張り切って、まわし姿に鉢巻きを締め、顔や体を真っ赤にして大きな声を上げながら屋台を担いでいた。屋台の上で太鼓をたたく乗り子に選ばれることは町一番の名誉であり、港町の少年たちの憧れだった。

 初めて家族に連れられ、秋祭りを見に行ったのはいつ頃のことだったろうか。ナツキの家にも多くの親戚が集まり、祭りの思い出や昔の話を幼い彼女に語ってくれた。その顔はとても楽しそうで、そして誇らしく見えた。

 

「そーらーやー、よっといせー、よーいーやーさー」

 目を閉じてそうつぶやいたナツキの脳裏に、幼いあの日の秋祭りの光景が浮かんでいた。

 

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 マイミクのアデリーペンギンさんが、以前自身のサイトで連載しておられた、「海の見える放送局物語」という小説がとても好きだった。 

 今回、2次創作というわけでもないが、私の拙い手で「外伝」とも言うべきショートストーリーを書いてみた。